大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(ワ)17342号 判決

原告 A

右訴訟代理人弁護士 牧野彊

被告 B

右訴訟代理人弁護士 中村護

同 西澤圭助

同 中村一郎

主文

一  被告は、原告に対し、金二五一万〇六〇〇円及びこれに対する平成七年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告に対し、東京都文京区大塚五丁目四〇番一号所在の護国寺墓地内のC、Dの墓地(番号六の二の〇の四)より取り出した土を、改葬許可手続を経て、引き渡せ。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  主文第一、二項同旨

二  主文第二項の引渡執行が不能のときは、被告は、原告に対し、金五〇〇万円を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、C、D夫婦の曾孫で、同人らの祭祠承継者である原告が、Cの曾孫(Cの婚外子の孫)である被告に対し、被告がC、Dの墓石を損壊し、かつ墓地内の土を取り出したことについて、(一) 不法行為に基づき損害金二五一万〇六〇〇円及びこれに対する不法行為の日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払、(二) 取り出した土の引渡、(三) 右引渡執行が不能の場合の代償請求として五〇〇万円の支払を請求するものである。

二  前提事実(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)

1  原告は、X財閥の創始者であるC(昭和三年四月二二日死亡)とその妻Dとの長男であるE(昭和三八年二月二日死亡)の長男であるF(平成元年一〇月六日死亡)の長男であり、Cの曾孫に当たる。

被告は、Cの婚外子であるGの二女Hの長男であり、Cの曾孫に当たる(甲一)。

2  Eは、Cの遺徳を顕彰するために、東京都文京区大塚五丁目四〇番一号所在の護国寺墓地内の番号六の二の〇の四にX家墓所を建設して、C、D夫婦の墓石を設置し、同所に両名の遺骨を土葬した(以下「護国寺墓地」という。)。

Eの死後は、Fが、祭祀財産一切を承継し、護国寺墓地の名義人となった。

3  被告は、護国寺に対し、F死亡の後である平成二年七月、護国寺墓地の檀信徒名義をFから被告が代表取締役を務める株式会社X事務所に変更する旨の届出をし、さらに、平成四年一二月一八日、これを被告名義に変更する旨の届出をしたが、いずれの届出についても原告に連絡しなかった。

4  被告は、原告に無断で、平成七年二月二二日、護国寺墓地の改葬手続を行うとして、X家墓地の石柵、花立て、線香立て、名刺受けを倒し、Cの墓碑銘を金槌で削り(以下「本件損壊」という。)、翌二三日遺骨に代わるものとして同墓所のC、Dの墓石横の土を取り出し、改葬手続をした上、これを骨壺に入れて東京都多摩霊園に埋蔵した(被告本人、乙八)。

5  原告は、平成七年七月一〇日、被告を相手方として、東京家庭裁判所に対し、Fの祭祠財産の承継者指定の申立てをした(東京家庭裁判所平成七年(家)第八九五三号祭具等の承継者の指定申立事件)。同裁判所は、平成一〇年四月二一日、Fの祭祠財産である護国寺及び谷中墓地の墓地使用権及び墓石の承継者を原告と定める旨の決定をし、同決定は、抗告棄却決定、特別抗告却下決定を経て、確定した。

三  争点

1  被告の本件損壊行為は不法行為に当たるか。

(原告の主張)

(一) 護国寺墓地にあるC、Dの墓石、遺骨は、祭祀財産を承継した原告に帰属するものであり、被告に帰属するものではない。

(二) 被告は、原告に無断で護国寺墓地の名義を変更し、原告から元の名義に戻すように求められていたのにこれに応じず、原告に名義を渡したくないとの思いから、改葬行為に名を借りて本件損壊行為に及んだものであり、本件損壊行為は不法行為に当たる。

(被告の主張)

被告は、平成七年二月当時、護国寺墓地の適法な名義人であり、かつ適法な改葬行為の一環として本件損壊行為に及んだものであり、被告には故意、過失がない。すなわち、

(一) 被告は、昭和六一年八月一日、原告とともに、X家親族協議会を設立し、その理事会の実務機関として、X家の墳墓の祭祀、維持管理を業務とするX事務所を設置した。そして、平成元年七月三一日のX家親族協議会理事会において、株式会社X事務所を設立すること、X事務所の業務を株式会社X事務所に移管する旨の決議がされ、原告もこれに賛成した。被告は、これらに基づき護国寺墓地の名義の変更を行ったものであるから、名義の変更は原告の承諾を得て行ったものであり、仮に、そうでないとしても、前記事情の下においては、被告が原告の承諾を得たと認識するのは当然である。

(二) 被告は、本件墓地の管理料を滞納していたため、C及びDの改葬をして、墓地跡地を護国寺に返還することとし、平成七年二月二〇日に東京都文京区長から改葬許可を得て、本件改葬工事を行い、開眼供養の気持ちを込めて自ら墓碑銘部分を削るなどしたものである。本件損壊行為は、改葬工事の一環である。

2  損害額について

(原告の主張)

原告は、本件損壊行為による護国寺墓地の修復費用として、次のとおり合計二五一万〇六〇〇円を支出した。なお、修復箇所は、Cの墓碑銘、石柵、花立て、線香立て、名刺受けと階段部分である。<2>は修復前に脱魂式を行った費用であり、<4>は修復後に開眼供養を行った費用である。

<1> 応急修復費用    三八万一〇〇〇円

<2> 脱魂式・法要供花代  五万八四〇〇円

<3> 改修工事費用       二〇〇万円

<4> 開眼供養・法要供花代 七万一二〇〇円

(被告の主張)

原告主張の費用は全てX商事株式会社が支出したものであり、原告が支出したものではない。

被告は墓所の階段は損壊しておらず、階段の修復は損壊行為と因果関係がないし、石柵等は元々固定されていなかったから、これらの固定工事は原状回復を超えるものである。また、脱魂式、開眼供養は、本件損壊行為と相当因果関係がないから、<2>、<4>の費用は損害とは認められない。

3  土の引渡請求について

(原告の主張)

原告は、C、Dの遺骨の所有者である。被告は、C、Dの遺骨として墓石横の土を持ち出し、改葬手続を行ったから、これを元に戻すためには、改葬手続をして返還する必要がある。

(被告の主張)

原告がC、Dの遺骨の所有者であることは認めるが、被告は、墓石横の表土を遺骨とみなして持ち出して改葬したものにすぎず、土は遺骨そのものではないから、原告の請求は失当である。

4  代償請求について

(原告の主張)

土の引渡執行が不能のときは、原告は、代償請求として、土の財産的価値及び慰謝料相当額の五〇〇万円の支払を求める。

(被告の主張)

土の財産的価値は評価できないし、精神的苦痛を代償請求で求めることはできないから、原告の代償請求は、いずれにしても失当である。

第三争点に対する判断

一  争点1(不法行為の成否)について

1  前記前提事実及び証拠(甲一、四、五、九、一〇、一二ないし一五、一七ないし一九、乙一ないし七、一二、一三、一八〔いずれも枝番の記載は省略〕、証人I、被告本人)によれば、以下の事実が認められる。

(一) X家の墓地は、護国寺と谷中霊園の二箇所にある。護国寺墓地には、C、Dの墓石のほかにX家霊位という墓石があり、右墓石にはE夫婦及びFの遺骨が納められている(もっとも、Eの遺骨は後に被告が改葬したとして持ち出している)。谷中霊園墓地には、Cの長子の系統以外の親族が葬られている。両墓地の権利は、Eの死後は、Fが祭祀財産としてこれを承継した。

(二) Fは昭和五五年三月、準禁治産宣告を受け、原告が保佐人となった。

(三) 被告は、昭和六一年八月一日、原告の賛同を得て、Cの子孫に声をかけて、X家親族協議会を設立し、その理事会の実務機関として、X家の墳墓の祭祀、維持管理を業務とするX事務所を設置した。

そして、平成元年七月三一日のX家親族協議会理事会において、株式会社X事務所を設立すること、X事務所の業務を株式会社X事務所に移管する旨の決議がされ、原告もこれに賛成した。

もっとも、右決議の際には、X事務所の業務の大筋は株式会社X事務所が承継するが、会社業務になじまないものは理事会が承継するとの補足説明がされ、護国寺の檀信徒名義や谷中霊園墓地の使用権利者の名義を株式会社X事務所や被告に変更する旨の話は出なかった。したがって、原告がこれらの名義の変更を承認したことはなかった。

(四) その後、被告は、前提事実欄3記載のとおり、護国寺墓地の檀信徒名義を変更したが、これらは、いずれも原告に無断で原告の承諾なしに行われたものである。

原告は、その後、護国寺墓地の檀信徒名義が変更されていることを知り、被告に抗議し、被告及び護国寺に名義を元に戻すよう申し入れたが、護国寺は原告と被告との間での解決を求め、被告は名義復元に応じなかった。

(五) 被告は、平成五年、谷中霊園墓地の承継を目的として、原告を相手方として、東京家庭裁判所に祭具等の承継者指定の調停を申し立てた(平成五年(家)第五一五一号祭具等の承継者指定申立事件)。右事件は、原、被告間で話し合いが着かず、審判に移行し、平成七年二月一七日の審判期日において、審判官が、審判においては、谷中霊園墓地の名義のみならず、護国寺の墓地の名義についても判断することになると発言したことから、被告はその数日後に申立てを取り下げた。なお、原告は、当時X商事株式会社欧州総支配人として海外勤務中であったため、右審判には出頭せず、X商事社長室勤務のIが、原告代理人弁護士とともに期日に事実上出席していた。

(六) 被告は、右審判期日後に、護国寺墓地を改葬することとし、護国寺指定の業者である有限会社近藤石材に代金三〇〇万円で改葬工事を請け負わせ、平成七年二月二〇日に東京都文京区長に護国寺墓地の改葬許可申請をして同日許可を受けた上、翌二一日に、護国寺に対し改葬工事を二二日から始めると伝えた。

(七) 被告は、同月二二日午前、護国寺墓地に向かって境内を歩行中に、護国寺住職に呼び止められ、「今日の工事を少し延期して貰えませんか。X商事の者がやかましく言ってきている。」と言われた。しかし、被告は、これを断り、そのまま護国寺墓地に赴き、近藤石材の到着を待たずに、自ら、墓地の石柵を靴で押し倒し、石製の花立て、線香立て、名刺受けを倒し、Cの墓碑銘を金槌で削るなどの本件損壊行為に及んだ。

本件損壊行為中に、護国寺の僧である岡本賢貞が被告に工事の中止を求め、さらに、護国寺を通じて連絡を受けたX商事のIらが駆けつけ、被告に対し、違法であるから中止するよう求めたが、被告はこれに応じなかった。このため、六田らが警察に通報し、駆けつけた警察官が工事の中止を求めたので、被告は本件損壊行為を中止した。

(八) 護国寺は、同日付で、被告に対し、被告の本件損壊行為は「遺骨、先祖に対する冒涜不遜な行為であって、例え名義人であっても当山墓地管理者として承認出来ぬ事である。」「X家墓地名義人の資格も消滅したこととする。」(甲一〇)との通知を送った。その後、被告も名義人の地位返還を了承したため、護国寺墓地の使用者名義はFに戻された。

(九) その後、東京家庭裁判所平成七年(家)第八九五三号祭具等の承継者の指定申立事件において、平成一〇年四月二一日、Fの祭祠財産である護国寺及び谷中墓地の墓地使用権及び墓石の承継者を原告と定める旨の決定がされ、同決定は、確定した。

2(一)  以上の事実によれば、護国寺墓地の墓石等は、祭祀財産を承継した原告に帰属することが明らかであり、本件損壊行為は原告に対する関係で権利を侵害する行為に当たる。

(二)  また、被告は、本件損壊行為当時は護国寺墓地の檀信徒名簿の名義人ではあるが、当時、護国寺墓地の名義を含め祭祀財産の承継について原告との間において争いがあり、そのことについて裁判上の決着がついていない状況にあったこと、のみならず、被告は、家庭裁判所で祭祀の承継について判断され得る状況下でこれを取り下げ、急遽改葬手続に着手し、寺院関係者らからの中断要請を無視して、しかも、墓石業者が来ないのに、自ら先祖に対する冒涜不遜な行為としか認められないような方法で本件損壊行為に及んだのであり、右行為は、改葬行為に名を借りた墓石の破壊であるといわざるを得ないことなどを考慮すると、被告は、本件損壊行為当時、本件損壊行為が原告に対する関係で権利の侵害となることがあり得ることを十分に認識することができたというべきである。したがって、被告には少なくとも過失があり、被告の本件損壊行為は不法行為に当たる。

二   争点2(損害)について

1  前記証拠及び甲二、一一によれば、本件損壊行為により、Cの墓碑銘が削られ、石柵、花立て、線香立て、名刺受けが倒れて、その一部が砕けるなどしたほか、倒れた花立てが墓地の階段を転がり落ち、階段が損傷したこと、原告は当時海外勤務中であり、X商事において、応急修理をした後、脱魂式を行い、本格修理をし、開眼供養をし、その費用として前記第二の三の2の<1>ないし<4>のとおり合計二五一万〇六〇〇円を支出したこと、そしてこれを原告が最終的に負担したことが認められる。

2  右<1>ないし<4>の費用は、原状回復としての範囲を超えるものではなく、本件損壊行為と相当因果関係があるというべきである(倒壊した石柵等を固定することは、原状回復の範囲内である。そして、被告の改葬行為後も護国寺墓地内にC、Dの遺骨が埋蔵されていることは明らかであり、墓石工事に際して行われた脱魂式や開眼供養の費用も、本件損壊行為と相当因果関係があるというべきである。)。

三  争点3(土の引渡請求)について

被告が、平成七年二月二三日に、C、Dの遺骨に代わるものとしてC、Dの墓石横の土を取り出し、改葬手続をした上、これを骨壺に入れて東京都多摩霊園に埋蔵したことは前提事実記載のとおりである。

被告が取り出した土は、遺骨そのものではないが、元々墓地内の墓石横にあったものであり、被告においてはこれを骨壺に入れて遺骨に準じて保管していることなどに照らすと、右土は、祭祀財産に準ずるものとして、原告に帰属するというべきである。そして、被告が右土について改葬手続を経ていることを考慮すると、被告は、原状回復のために改葬手続を経て土を引き渡すべきである。

したがって、原告の土の引渡請求は理由がある。

四  争点4(代償請求)について

被告が取り出した土に財産的な価値があると認めるに足りる証拠はなく、また、原告の精神的苦痛を考慮して代償金額を定めることも相当でないから、結局、原告の代償請求は理由がないというべきである。

第四結論

よって、原告の本件請求は、損害賠償と土の引渡の限度で理由があるから認容し、その余(代償請求)は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条を適用して、主文のとおり判決する(なお、土の引渡についての仮執行宣言の申立は、相当でないので却下する。)。

(裁判官 瀧澤泉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!